ペンギンプルペイルパイルズ・オフィシャルサイト

玉置 孝匡

タマキ タカマサ

  • 生年月日:1972年4月11日
  • 出身地:大阪
  • 趣味:音楽鑑賞(特にクラシック音楽が大好き)、絵画鑑賞
  • 特技:フルート吹奏、日本舞踊

舞台に上がっている時と降りた時の印象が、それほどズレない人なんじゃないだろうか。誰にとっても気の置けない愛想の良い佇まい。感情豊かな受け答えで話し相手になってくれるが、内容に関しては決して反応ほど興味を抱いているわけではないという……。よその舞台に立つ彼もだいたいそんな印象だから、あえて僕が普段の彼に似せて書いているというわけではないのだろう。結局、役者の芝居には役者個人が出てしまうのである。まるで出ない役者もつまらない。

いずれにしても、行く先々で出会いの連続である役者にとって、とっつきやすさは大事なことに違いない。毎回客演を呼ぶうちの公演においても、僕を含めた他の三人が他人と打ち解けるのに時間がかかるもんだから、彼には助けられている。

が、一つ注意しなければならない。まず自ら道化を演じることから彼のコミュニケーションは始まるが、それを受けてからかいすぎると突然彼は牙をむく。その沸点は、決して低いわけではないものの、はっきりとは僕にもまだ分からない。ひとまず、会話中目を合わせなくなって、口を真一文字に結んだままうなずく動作が続き出したら攻撃の手を休めよう。

紹介文:倉持 裕

BIOGRAPHY

72年、大阪府寝屋川市生まれ。
小学校に上がると同時に、京都に近い山崎という町に越す。
サントリーのウイスキー工場がある水のきれいな町で小、中、高、大学時代を過ごす。
島本町立第二小学校、同第二中学、島本高校と、高校までは地元の学校に通う。
高校では、美術部か吹奏楽部か迷った挙句、美術部に入る。
三年の夏、大阪府高校展で、部室の一部をモチーフに描いた100号の油絵が奨励賞をいただく。
将来は、美術の先生になるつもりであった。
わたしの中の故郷はこの山崎だ。

高校時代まで、女の子と話すのがとても苦手であった。恥ずかしくて……。
今でもあまり得意ではないけれど、その時代はほんとに一言も話せなかった。
大学で芝居を始めたことで女性とも話せるようになる。

高2の秋ごろ観たフランシス・F・コッポラ監督作、映画「タッカー」に主演したジェフ・ブリッジスの演技に魅せられて俳優を志す。
91年に大阪芸術大学、舞台芸術学科、演技・演出コース、演劇に入学。
20名前後の同級生たちと以降4年間かなり楽しく、幸せな時間を過ごす。両親のおかげ!
特に、三泊四日の淡路島合宿や、白浜合宿は忘れられない。淡路島では、昼は砂浜でバーベキュー、カレー、夜はまた砂浜で、先生の車のヘッドライトだけでギリシャ悲劇の試演。
大学では楽しい事しかなかった。

大学1回生の授業中に演じた「マクベス」のマクベス役が妙にハマっていたことから、「マクベス」転じて、「まっく」と呼ばれるようになる。
このニックネームは、東京に出るまで使われた。
(PPPPで芝居をするようになってから、たまきんぐと呼ばれるようになる。ちなみに最初にそう呼んだのは、ぼくもとさん。彼女がつけた。)

大学在学中には、学内外でいくつか舞台に立つ。

1991
1992
1993
1994

更に深く学びたいと思い、4回生と並行して兵庫県にあるピッコロ演劇学校へも通う。
恩師、秋浜悟史には、大学と、ピッコロで教わった。
芸大、ピッコロを同時に卒業し、その年、兵庫県立ピッコロ劇団に入団。
二年くらい頑張る。

ピッコロ劇団での出演作
1994
1995
1996
1997
1998
日舞の出演作品。
1999
2000
2001
2002
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010

現在、ペンギンプルペイルパイルズに所属。それ以外の事務所等には所属せず活動中。